【コラム】弦楽器製作コンクールと学校
- 2018.10.05
- 講師のコラム
こんにちは、講師の髙倉です。
少し前にイタリア出張より戻ってきました。
今回は出張の道中に、ストラディヴァリ国際弦楽器製作コンクールも見学をしてきました。時間の関係ですべての楽器をゆっくり見て回ることはできませんでしたが、少しだけ学校の観点からレポートをしたいと思います。
今回で15回目を数える3年に1回の世界的なコンクールは、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの4部門で競われるのですが、ヴァイオリンの優勝者はミラノ市立弦楽器製作学校の卒業生であるフランス人のNICOLAS BONET さんでした。
5月に開催されたドイツ・ミッテンヴァルの弦楽器製作コンクールでヴァイオリンとチェロの部門の両方で日本人が優勝したことは記憶に新しいですが、ヴァイオリン部門での優勝者の金子祐丈さんはクレモナの国立弦楽器製作学校の卒業生、チェロ部門の優勝者であった永石勇人さんはミラノ市立弦楽器製作学校の卒業生でした。
このように実力を発揮している多くの製作家がどこかの学校を卒業しているということは興味深い点ですが、今や弦楽器製作・修理の世界でも製作学校を卒業してから現場に入ることは、当たり前となってはいることは確かです。
このように書くとイタリアの学校にでも入れば何とかなると思われがちですが、頭角を現す一握りの人たちの陰にどれだけ多くの人たちがいるかと考えると、学校に入れば成功できるという単純なものではないこともまた見えてきます。
また、今回はコンクールの上位入賞の中にクレモナ出身の製作家がいなかったことからもわかるように、こうすればうまくいくという定石があるような甘い世界ではないとも言えます。
そのような厳しい結果を示したコンクールの中で、個人的に大変喜ばしかったのは、イタリア人製作家に与えられる賞であるイタリア弦楽器製作者協会の賞とヴィオラ部門のファイナリストの賞を受けたEmanuele Francioli (エマニュエレ・フランチョリ)君の存在でした。(今回ヴィオラ部門は1位なしの2位、3位のみで、エマニュエレ は4位入賞)
エマニュエレの受賞がうれしかったのは、彼が母校ミラノ市立弦楽器製作学校でともに故Luca Primon先生に机を並べて学んだクラスメイトだからということもあるのですが、それ以上に感動したのは、彼が共に学んでいた頃からのミラノらしいスタイルを持ち続けていたことです。その作風は、何かの模倣ではなく、その楽器が言うなればミラノに学んだエマニュエレ自身であるという証でした。
弦楽器製作はともすると、ストラディヴァリ・モデルやグァルネリ・モデルというような呼び名で古い楽器のコピーに終始してしまうこともありますが、そのように昔の名人の権威に寄り添うことは一見正しいようで、結果的にすべての人たちがそれをしてしまうと世の中にはストラディヴァリ・モデル、グァルネリ・モデルと言った楽器が量産されてしまうことになります。製作者の目線からは、少しずつ違うとは言っても、一般の方から見ればどの楽器も同じになってしまいがちです。量産品となってしまえば、楽器そのものの価値もやがて落ちていきます。
エマニュエレの楽器はいわば、標準化された世の中のスタンダードではなく、1900年代のミラノに活躍した製作者たちの作風をも受け継いだものでした。このようにストラディヴァリの作風ではないが、よい意味でローカルな歴史を受け継ぎ、独特の道を歩んでいる製作家が評価されるのはとてもうれしいことです。
なぜなら、本来的には、弦楽器製作というものは、単に同一線上だけでその腕を競い合うものではなく、個々の製作家がその楽器に、比べようのない個人のバックグラウンドと歴史を刻んでいくものであると思うからです。
これから弦楽器製作を学ばれる皆さんにも、歴史を受け継ぎつつも、スタンダードに埋没せず、多くの人に喜ばれる楽器を作ってもらいたいと思います。そのためには、たくさんの人が歩む広い道を歩くのではなく、場合によっては独りで歩かなければならないような道をあえて歩いていくことが必要ではないかと思います。そのようにしてこそ、その人ならではの歴史が長い年月の後にでき、その人にしか刻めない味わいが楽器にも現れてくるものと思います。
この記事を読んでくださっている皆さんが、その狭き道をどのようにして見つけるか楽しみにしつつ、1人1人がオリジナリティと高いクオリティを両立した実力を備えていくことを願っています。
当校の存在意義も、小さい学校ならではのメリットを生かし、皆さん一人一人のオンリーワンの道を見つけていただくことへの貢献にあると考えています。
【参考リンク】
ミラノ市立弦楽器製作学校HP
https://civicascuoladiliuteria.comune.milano.it/
クレモナ国立弦楽器製作学校HP
https://www.istitutostradivari.it/pvw/app/CRII0004/pvw_sito.php
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