【コラム】ヴァイオリン製作家になるには
- 2018.06.30
- 講師のコラム
こんにちは、代表講師の髙倉です。
問い合わせの季節
「ヴァイオリン製作家になるにはどうすればいいですか?」「製作家としてやっていけますか?修理の仕事はありますか?」などの質問を多くいただく時期となってきました。
高校生にとっては進路を検討したり決定する時期となり、大学生などにとっても就活の中で本当に自分がやりたいことに疑問を抱くような時期になってきたということでしょう。大学には入ってみたものの、自分がやりたいものではなかったので…という問い合わせも実は少なくありません。質問をいただく社会人の方には、就職はしてみたものの、これでよかったのかという将来への自問を始めた結果問い合わせを下さる方が多いように思います。
留学の意味
一方、ネットで様々な情報が取得しやすくなった現在では、海外への留学も一見難しいものではなくなりました。しかし、留学が簡単になったように見える時代の中では、一昔前であれば、ヴァイオリン製作家になるためにイタリアやドイツなどの弦楽器製作学校に留学し、そこで「箔をつけて」戻ってくることが1つの方法であったかもしれませんが、近年は留学生も増えその箔付けもあまり意味をもたなくなってきています。
実際に現在たとえばイタリアのクレモナに150ぐらいの工房があり、100人近い日本人が活動しているという現状があります。そのうちの何人の製作家を皆さんが知っているかということを冷静に考えてみていただければ見えてくるものもあると思います。つまり留学したとしてもその中で名前を知られるほどに頭角をあらわせるのは本当に一握りの人たちだけだということです。
特に日本人のトップ製作家と言える本校の推薦文を送ってくださっている菊田浩さんやご同僚の高橋明さんなどは、留学をする前のアマチュア時代からすでに一目おかれるほどの実力を発揮していました。留学をしたからうまくなったという人の方がむしろ少ないとも言えます。ほとんどの人は留学前から何がしかの成果をすでに見せていたのです。
しかしこれは留学を否定するものではなく、たとえば日本料理を学ぶためにフランスの有名な料理学校であるコルドン・ブルーに留学してもおそらく伝統的な意味での日本料理を学ぶことは難しいように、その文化が生まれた風土と社会の中で、言葉と生活を学びながら修得する技術にはそれなりの意味があると当校でも考えています。
冷静に考えなければならないのは、どれだけ留学に意味があったとしても、それだけでは、すべての人が頭角をあらわし仕事にしていけるわけではということです。
それでも技術者になりたいという思いがあるなら
それでも自分は弦楽器の技術に関わって生きていきたい、と思ったならばどうすればいいでしょうか。周囲に天才的なセンスと技術力を見せる人たちが山のようにいる中で、それでも弦楽器と音楽に関わって仕事をしていきいと思うのならどうすればいいでしょうか。
まさにイタリアに留学をしていたころの私がそのように状況にありました。バッハの音楽が大好きで、その音楽のために生涯仕える仕事がしたいと思って飛び込みましたが、前を見ると菊田浩氏や高橋明氏などの一流製作家がおり、後ろを見る先ごろドイツ・ミッテンヴァルトの弦楽器コンクールで優勝した永石氏や西村氏などの素晴らしい製作者がすでに多くいました。さらに日本人以外の天才的な技術者を加えると切りがありません。
後から見たときに、結果的に私にとって幸いだったと思えるのは、音楽の才能と同じように造形などにも突出したセンスと力をもった人たちに早くから出会えたことです。逆説的ですが、これによって一握りの天才ではないとしても、音楽を愛する人がどうすれば技術者としてやっていけるかということを早くに考え、そのための地道な研鑽とステップを踏むことができました。
また、この経験が潜在的・天才的な実力をもっている人にも、またそうでない人にも適応できる当校の仕組みのベースになりました。
どこの学校でも専任の講師は少ない
国内であれ、海外であれ、普通の学校がなかなかうまくいかないのは、決められたカリキュラムをアルバイトのように来る先生がその時間だけ決められたことを教えて帰っていくことが多いからです。実際には学校に来る人は1人1人がまったく違い、決められたカリキュラムをただこなすことにはほとんど意味がありません。当校が少人数制をとり、認可専門学校基準(年間800時間)以上の実践時間数をとることにしたのもそうした意味合いがあります。
しかし、それでも単に入学すれば後は技術者になれる道が勝手に出てくるような学校はどこにもありません。ある時期は本当に技術と自らのキャリアのことだけを考えて、徹底してその修得と研鑽に費やす時期が必要です。
作業以上に「自分への取り組み」が大事
皆さんに、一度決めた以上、後ろを振り返らない決心と、作業以上に皆さんが「自分自身に取り組んで」、癖や考え方を見極め、それにどう対処するかを学び、また日々の作業を進めることができれば、そのうえで1人1人の得意分野と力量を見極めたキャリアを築いていくことは可能であると考えています。何の考えもなしに、飛び込んで成果を出すことができるのはもともと特殊な才能を努力とともにもっていた人だけあることは間違いありません。
次のことを自分に当てはめて考えてみてください。
・音楽に関わったことがあるか、音楽が好きか、演奏ができるか
・音を聞き分けることができるか、好きな演奏とそうでない演奏を区別できるか
・美しいものを創る造形力に自信があるか、3次元の造形が得意か
・人とコミュニケーションをとり、相手を納得させ、喜んでもらえるやりとりが普段からできているか
・色彩感覚に優れ、絵を描くことがそこそこできるか、絵がうまいと言われたことがあるか
・精巧で緻密な作業を得意としているか、器用貧乏でないか
・ものごとの観察力と論理の組み立てに自信があるか
これらのうちのどれかが、特に自分は天才ではない、あるいはあまり自信がないと思うのであれば、皆さんが技術者として努力をするかぎりその分野の天才的な弦楽器技術者に必ず出会うことになります。そして、太刀打ちできないことを知ることになる可能性があります(!)。
このように書いてしまうと、一見、弦楽器技術者になることを勧めていないかのように思われるかもしれませんが、そのようなわけではなく、むしろこうしたことに早くからしっかり向き合っていただくことにより、いざ入学してからの決心がぶれずに取り組めると思うのです。
入学前に、ありとあらゆるリスク(困難の可能性)を目の前に並べて検証してしまいましょう。そして、それらのリスク以外にも、思いもかけないような困難が出てきたとしても、乗り越えて技術を身につけたいという決心があるかどうかを先に問うてみることが、作業に入ったあとの進度を後押ししてくれると思います。
長いコラムになってしまいましたが、まとめると、弦楽器の技術者になってみたいと思うのであれば、自分の伸ばすべきところの指摘を受けてそれを研磨しながら、同時に力を合わせて仕事をしていける同僚とのよいつながりをつくることの両方に取り組まなければなりません。
そのための技術者同士の最初のつながりの場としても、学校は皆さんの力になることと思います。
何もせずに進める楽な道ではないかもしれません、しかしそれだからこそ身につけた力とつながりは一生のものになり、ヴァイオリン製作者になるには?というタイトルの問いに必ずや皆さん自身が答えられるようになると思います。
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