【コラム】留学について(ドイツの場合)
- 2018.07.26
- 講師のコラム
こんにちは、代表講師の髙倉です。
来年の開校に向けて、お問い合わせをいただいたことなどにも、時間のゆるす範囲で少しずつお答えしていきたいと考えています。
今日は私が2011年に現在ドイツで職人として活躍している手戸さん(→「先輩の声」参照)をドイツのフランケン地方の主要都市であるWürzburgに訪ねた時のことを振り返りながら、ドイツ留学についてお話してみたいと思います。
Würzburg訪問は久々のドイツ訪問であると同時に、ミッテンヴァルト(南ドイツ・チロル地方の小都市)以北のドイツを訪れるのは25年ぶりということで、大変楽しみにして行ったのを思い出します。
訪問のきっかけは、その年の春頃に手戸さんより見習い修行を始めたというお便りをいただいたことでした。
ところで、この記事を読んでくださっている皆さんは、ドイツにおいて「マイスター」と呼ばれる技術者の国家資格があるのはご存知でしょうか。弦楽器技術者の国家資格保持者はドイツでは「ガイゲンバウ・マイスター」(ガイゲンバウGeigenbauは弦楽器技術者の意味)と呼ばれます。
このマイスター制度ですが、マイスターの国家資格を得るには2通りの道があります。
その一つは、ミッテンヴァルトの州立弦楽器製作学校に3年半通い、その試験を通じて職人の資格を得て、実際の工房で修業を経験し、その後マイスターの国家試験を受けるというものです。
もう一つの方法は、まず3年程度の見習い修行を工房で行い、その後試験を通じて職人の資格を得て工房での修行をさらに重ね、その後マイスターの国家試験を受けるというものです。
このように少なくとも2つの道があり、手戸さんも当初は州立弦楽器製作学校への入学を考えつつ、ドイツに渡りました。
しかし、現地で様々な工房をまわっているうちに何人かのマイスターの方から「すでに日本の学校を卒業しているのに、なぜまた学校に行くのか?」と言われたということです。そのため、学校への入学準備から一転して、工房探しを始めることになりますが、いざ工房を探したとしても、相性が合う工房や親方とめぐり合うのはそう容易ではありません。仮に親方と意気投合したとしても、見習いを雇う余裕や必要が親方になければ見習いそのものが成立しません。そのような中、多くの方にアドバイスを受け、地道に語学の勉強を続けながら工房探しを続けるうちに、親方となるマイスターと出会うことができました 。
見習い(Lehring)として実施される職業訓練(Ausbildung)は、わずかながらとは言え給与や社会保険への加入や納税義務も生じるれっきとした仕事です。またそのために3年間の職業訓練ビザも取得することとなります。ドイツの地方都市で単身Auszubildende(職業訓練生)となった手戸さんは、以前にもましてプロフェッショナルとしての意識を高めつつあるように感じられたものでした。
現在では、さらに職人の試験にもパスして、正式な労働ビザを手に入れて活躍をしています。
もう一つ、留学の難しさについて現実的なことをお話しておきたいと思います。それは留学のシステムは国によって、また学校によってもだいぶ違うということです。
ドイツではミッテンヴァルトの州立弦楽器製作学校がよく知られていますが、元来ドイツの職業訓練校というものはドイツ人のためにあるので、その中に外国人が入ろうすると外国人枠、さらにその中のアジア人枠に空きがないと入れません(おおよそ年1枠と言われます)。また、ドイツ語ができることを証明するGoethe-InstitutのB2レベルの証明書を提出しなければなりません。これはドイツ語の日常会話に問題がないレベルです。詳しくはゲーテ・インスティトゥートのサイトをご覧くださいhttps://www.goethe.de/ins/jp/ja/sta/tok/prf/gzb2.html
さらに演奏ができなければならないということなどの規定もあり、イタリア、イギリス、アメリカなどの学校などに比べると規定が非常に厳しいと言えます。
そのため、ドイツ語力と演奏力を磨いてミッテンヴァルトの学校に入ろうとするよりも、日本の学校で基礎を積んだ上で(もちろん、その場合も語学勉強と演奏練習は欠かせませんが)、ドイツの工房に直接アプローチするという方法のほうが実は、日本人にとっては実現しやすい可能性もあるのです。
イタリアなどの他の国の近年の留学事情や、留学そのもののメリット・デメリットについては長くなってしまうため、見学にいらした際にでもまた必要に応じてお話させていただこうと思います。
【追記】
なぜドイツ事情に詳しいのかというようなご質問をいただくことがあるので、いささか個人的なことながら簡単にお答えします。上記記事のように現地の同僚や教え子のネットワークからの最新情報をいただくことができることに加え、私自身が3年ほどがドイツに住んでいた経験があるため、現地のことが理解がしやすいと考えています。楽器製作はイタリアで学びましたが、イタリア以外にも弦楽器技術の文化レベルの高い魅力的な場所がいくつもあるということを経験的に知っているということです。そのため、留学はイタリアにこだわらず、新たな挑戦を皆さんにしていただければと常々考え、お話しています。
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