【コラム】イタリア?ドイツ?どちらの製作方法?

こんにちは、代表講師の髙倉です。

日本では、弦楽器はイタリアとドイツで作られている伝統楽器の印象が強いためか、「学校ではイタリアの製作方法ですか?ドイツの製作方法ですか?」と聞かれることも少なくありません。

結論から言えば、イタリアの製作方法と言って大きな間違いはないと思うのですが、一方でそのように言ってしまうのはやや単純すぎるかもしれません。なぜなら、現代のイタリアの製作家たちを見ても、また昔の製作家を見てもイタリアの製作方法というもの自体が実際には様々だからです。

逆に言えば、小さな工房工房でそれぞれに伝えられてきた多様性こそがイタリアなどの弦楽器製作の魅力ではないかと思います。こうした弦楽器製作のありようは現在では世界中にひろまっているので、世界中でイタリアの製作スタイルを見ることができるとも言えます。

また一方で、歴史的に見れば、1500年ごろ南ドイツのフュッセン周辺から多くのドイツ人がイタリア各地に移住し、弦楽器製作を営んでおり、一般的に「イタリア」と認識されている1700年代までの楽器の多くは、実質的にはイタリア・ドイツの区別があまり意味をなさないものも多くあることは弦楽器製作家の間では常識となっています。

今日、私たちがイタリアの楽器、ドイツの楽器としてややステレオタイプに認識しているものは、もう少し後の時代に形作られた「イタリアの小さな工房で作られた楽器」「ドイツの家内制工業の伝統の中で作られた楽器」と言い換えても大差はないと思います。

たしかに歴史的にイタリアではドイツほどの規模感で家内制工業が大きく発達しなかったのに対し(イタリア人の気質から、大きなオーガナイゼーションはあまり得意ではなかったのでしょう)、ドイツやフランスではそれらが発達したことで、作り方の違いが1800年以降特に大きく枝分かれしたという認識は間違っていないようです。

私自身歴史家ではないため、推察でしか語れないのですが、このような歴史の結果として、ドイツなどでは、家内制工業のもとで親方の指示に従い徒弟が指示された作業を寸分たがわず作れるような技術が求められたと考えられ、その結果、楽器のかなり細かい部分までが寸法によって決められた作り方が発達してきたと思われます。個人的に何度か南ドイツのミッテンヴァルトを訪れ、当地の学校の先生方と話をさせていただいたり、ミッテンヴァルトの学校の出身者と意見交換をさせてもらった経験からもそのように感じます。(しかし、ドイツも広いのでもう少し踏み込んでみればまた違った側面が見えてくることも十分考えられますが…)

これに対し、イタリアの製作方法というのは、フレーム(大きな枠組み)を大事にし、それにきれいにバランスよくおさまればよいという考え方が強く、あまり細部の寸法や精度を問わないという傾向があります。そのため、精度や左右対称性などはあまりない場合も少なくありません。

一例として、ドイツやフランスなどの出身(場合によっては日本も含め)の製作家と話をすると楽器の「精度」という言葉をよく聞きましたが、私が学んだScrollavezza先生からは「精度」という言葉を実は一度も聞いたことがありませんでした。逆にノギス(測定器)などを持ち出して寸法を図ろうとすると叱られることがしばしばあったほどです。これはなぜなら、プロポーションや美しさがまずあり、それに精度は自然と追従するという姿勢があったためと理解しています。また、目で見てつくることを常に言われました。

しかし、繰り返しになりますが、これはたまたま私が師事したRenato Scrollavezza先生の姿勢であり、イタリアの他の地域、他の製作家を見ると細部を測定器で計りながら楽器を創っている製作家もいるので、結局こうしたこともそれがすべて、少なくとも現代においてはイタリア的とは言えません。

ただ、近代までの製作家たちをよく知っていたScrollavezza先生が、1937年にファシストの要請でクレモナの国立学校ができて以来、授業の方便として寸法表が作られ、イタリアでも寸法を重視する製作方法が広まってしまったことを嘆いていたのを見てきましたので、よしあしは別として個人的にはScrollavezza先生の価値観を1つの指標として、皆さんにも伝えてきた面があります。

このような理由から当校で行う楽器製作のスタイルは、非常に単純化してイタリアの製作方法だとお話していますが、そのフレーム(枠組み)の考え方はさらに古く、古代ギリシャなどにさかのぼるものがあります。そして、音楽という普遍性のあるものを切り離して楽器のフレーム(枠組み)を考えることができないことを考えると、古来の製作方法というのは、結局はイタリアのものドイツのものというものではなく、音楽を楽しむことができるすべての地域のすべての人々にとって普遍的なものであるとも言えるかもしれません。

音楽のもつ普遍性をベースに土地土地の風土からくる文化の味が加わえられるものが弦楽器であると考えれば、日本で楽器を作る意味もまた新しさを帯びてくるのではないでしょうか。

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